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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2316号 判決

控訴人

大入産業こと

三山勉

右訴訟代理人

田子璋

被控訴人

白石基礎工事株式会社

右代表者

白石泰

右訴訟代理人

高屋市二郎

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一控訴人の訴外会社に対する融資

〈証拠〉を綜合すれば、控訴人が昭和四八年四月一〇日に訴外会社に対して金七、八〇一、〇〇〇円を貸付けたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

第二訴外会社の控訴人に対する工事代金受領の代理権の付与とその被控訴会社による承諾

一右金七、八〇一、〇〇〇円を借受ける際に、訴外会社が控訴人に対して、同社が被控訴会社に対して有する昭和四八年三月二一日から同年四月二〇日までの工事代金受領の代理権を付与し、被控訴会社が昭和四八年四月二〇日に右代理権を承諾したことは、当事者間に争がない。そして〈証拠〉を綜合すれば、右代理権授与は、控訴人が訴外会社に対して有する貸金債権を担保するためになされ、被控訴会社は控訴人の申出に応じ、担保の趣旨であることを了解して代理受領を承諾したものであることが認められる。

二してみれば、控訴人は、被控訴会社に対して代理受領の趣旨に従い、訴外会社が昭和四八年三月二一日から翌月二〇日までの間に被控訴会社が注文に応じて実施した工事出来高に相当する請負代金の支払を控訴人になすよう求め得べきところ、それが金六、〇一〇、六二〇円であることは被控訴会社の自認するところであるが、それ以上の金額に達している旨の控訴人の主張を肯認するに足る適確な証拠はない。

被控訴会社は、また、「工事完了まで出来高の一割に相当する金員を被控訴会社で留保でき、これと立替金を併せて計金三四七、四一七円を前記出来高より控除する。」と主張するが、右留保の合意や立替の事実を認むべき何らの証拠もないので、右主張もまた採用し得ない。

従つて、被控訴会社は、控訴人に対し金六、〇一〇、六二〇円の請負代金を支払う義務があることとなり、その弁済期が昭和四八年五月七日であることは、被控訴会社の明らかに争わないところである。

第三被控訴人のした相殺とその効果

一〈証拠〉を綜合すれば、被控訴会社は昭和四六年五月一五日に訴外会社に対し三箇月後に返還する約定で金四、〇〇〇、〇〇〇円を貸付け、更に同年七月三〇日に同年一二月に返還する約定で金三、五〇〇、〇〇〇円を貸付けたが、その支払のないまま訴外会社は昭和四八年四月末に倒産し、その代表者は一時所在不明となつたこと、被控訴会社は、昭和四九年一月三一日に、訴外木村喜一を介し、右二口の貸付金合計金七、五〇〇、〇〇〇円とその他の債権(別紙債権目録表示)とをもつて、被控訴会社の訴外会社に対する前記請負代金債務と対当額で相殺する旨の意思表示を書面で訴外会社代表者になしたこと、以上の事実が認められる。

二ところで、代理受領の承諾の効果は、債権譲渡の際の債務者の異議を留めない承諾と同様に解することは出来ず、一般に、債権担保を目的とする代理受領の承諾をした第三債務者は、債務が有効に存在しその支払を現実になすべき関係にある限り、その履行を直接自己の債権者に対してなすこと等によつて正当の理由がなく代理受領債権者の利益を害してはならない拘束を負うものと解すべきであるが、承諾前から有する反対債権をもつて相殺をなしうる利益(受働債権のうえにあたかも担保権を有するにも似た地位)まで喪失すると解することは、特段の事情のない限り(甲第二号証、承諾書に振込銀行の指定があることをもつては、未だ特段の事情があるとはなし難い。)、推測される第三債務者の合理的意思に反し、相当ではなく、従つて、前記相殺を主張して支払を拒んでいる被控訴会社の態度が控訴人主張のように信義則に反し禁反言の法理にもとる不当の所為であるとは言えない。証人田子璋及び控訴本人は、原審において、被控訴会社の経理課長である志賀弘治が控訴人の代理人である田子弁護士に対して代理受領の方法で控訴人が訴外会社に対して融通してくれるよう要請したと供述するけれども、右各供述は〈証拠〉と対照するとき容易に措信し難いし、仮にその要請があつたと仮定しても、如上判示の観点からすれば、相殺の主張を直ちに不当としてその効果を否定すべき理由は見出し得ない。

三従つて、控訴人が被控訴会社に対して請求している訴外会社の請負工事代金債権は相殺により消滅したものというほかはない。

第四不法行為の成否

被控訴会社の担当者(証拠に照らし、前記志賀弘治を指す趣旨と解される。)が右代理受領の承諾をするに際し、被控訴会社が訴外会社に対して有する反対債権をもつて代理受領を承諾した債権が相殺され消滅すべきことを認識しながら控訴人にこれを秘して承諾した旨の控訴人の主張については、これを肯認するに足りる何らの証拠もなく、却つて、〈証拠〉を綜合すれば、被控訴会社が代理受領を承諾した工事代金の支払を拒絶するに至つたのは、右承諾後、代金支払期日までの間に、前叙のとおり訴外会社が倒産しその代表者が所在不明になるという不測の事態が生じ、被控訴会社の債権の回収が困難となつたために執られた措置にほかならないことが認められる。

従つて、不法行為の使用者責任を問う控訴人の主張もまた、採用し得ない。(ちなみに、相殺したことをもつて不法行為となし得ないことは前述したところから明らかである。)

第五結論

よつて、その余の点に就て判断するまでもなく、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文の通り判決する。

(室伏壮一郎 横山長 三井哲夫)

債権目録〈省略〉

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